9月度読書会が開催されました! ~あるいはエンマ断罪に関する考察~

ヘッセ作品

ペットシッターの春名です。そろそろドイツ旅行の話をしなければと思うのですが、先日、9月度の読書会が行われましたので、まずはそのご報告からいきたいと思います。

今回の「車輪の下/ヘルマン・ヘッセ」は僕が選んだ課題図書でしたので、みなさんがどう感じられたか、楽しみにしながら心配でもありました。が、はじまってみればおおむね好評で、安心しました。自然描写が素晴らしい、ハンスがかわいそう、エンマがひどい、などなど、様々な意見が出ました。初参加の方もいらっしゃって、新鮮な意見を聞くこともでき、とても有意義な時間となりました。

どんな本でもそうですが、人生のどの時期に読むかで、印象はまったく違ってきます。今回、30年ぶりに読んだ、いや私は40年ぶりだった、という感じで、少年少女時代に読んだものを再読された方も多くいらっしゃいました。僕自身は20年ぶりぐらいでしたが、二十代なかばで読んだ時には、悲しい話だなあというくらいの感想しか持ちませんでした。それが今回、教育批判、家族批判的なところを強く感じましたし、様々なテーマが盛り込まれたすごい小説だと、思いを新たにしました。

詩人ヘッセの真骨頂である情景描写の素晴らしさも、多くの人が指摘されていました。ハンスが悲しんでいる時には悲しい風景が、楽しんでいる時には楽しい風景が描かれます。これは参加者Nさんいわく、近代文学の特徴だとのことです。とにかく五感がフルに活用されていて、目で見た風景だけでなく、そこに聞こえる音、ただよう香り、触った感触、味などがふんだんに盛り込まれ、読む者が正に体験しているかのように感じられるのです。

閻魔、いやエンマについては、まあとんでもない女だ、もうちょっとマシな女性がそばにいたなら、あるいは、いろんなタイプの女性と段階的に触れあっていたならハンスの運命も違っていただろうに、という声も挙がりました。いずれにせよ、このエンマとの一件については、そこだけで優れた青春小説・恋愛小説になっており、読みごたえたっぷりです。

ラストの解釈については、意見が分かれました。詳しくは書きませんが、あの展開が自発的なものだったのか、運命的なものだったのか。どちらともとれる書き方になっていて、これをどう解釈するかにも、読む人の人生観が現れるような気がします。

とくに盛んな議論となったのは、ハンスの父親についてでした。参加者ご自身それぞれの家族観、父親観に話がおよび、自身の体験談が熱く語られました。僕が本作でもっとも強く考えさせられたのもこのテーマであり、無能な父に育てられた子供がいかに悲劇的な人生をたどるか、僕は怒りさえこめて発言しました。それでも、ハンス自身がもっとどうにかできなかったのかという意見もあって、はっとさせられもしました。

ともあれ、父親問題、家族問題については、充分に現代に通じる示唆を含んでいます。だからこそ、書かれて100年がたった作品なのに、ここまで読み継がれてきたのでしょう。ちなみに、それだけ長く読まれている小説ですので、たくさんの翻訳が出ています。読書会には、新潮文庫版、集英社文庫版、光文社文庫版を持参しましたが、これ以外にも、講談社、岩波、旺文社、果てはヘッセ全集や世界名作全集など十数種の翻訳があり、それぞれの訳を比べてみるのも面白いでしょう。もっとも有名なのは新潮文庫版ですが、古めかしくてややわかりづらい箇所がある反面、格調ある素敵な文体が楽しめます。もっとも新しいのは光文社古典新訳文庫版で、理解を助けるための脚注がほどよく挿入されており、言葉遣いも現代風でかなり読みやすいと思います。ただ、新しいからといって興を削ぐわけではなく、これはそもそものヘッセの文章が素晴らしいからでしょう。

思うに、本書は少年が主人公ということもあって、小中高校生に勧められることが多いようですが、その年齢だと理解するにはやや難しいかと思います。僕はぜひ、多くの大人の方にこそ読んでほしいと思います。そして、僕ら大人は、“好意から”していることが子供を追い込み、苦しませていることを知るべきだし、子供に何かを伝えたいのであれば、みずから身をもって手本を示さねばならないことを肝に銘じるべきでしょう。

以下に、参考文献をあげておきます。

光文社古典新訳文庫版「車輪の下で」
車輪の下で (光文社古典新訳文庫)「で」が付いていますが、中身は同じです。言葉のチョイスは現代風ですし、大きめの活字で(そのぶんページ数はかさみますが)読みやすいです。一カ所、他書との明確な違いを挙げるとすれば、ハンスと父親との会話の中で、父親の「字引」という単語の発音の間違いについて、ハンスが父親を傷つけないため(あるいは嫌みに)それを復唱するシーンがあります。これは新潮文庫版(18ページ)などではまったく普通に「字引」としか訳されていませんが、本書では脚注で明示されているため、父親に対するハンスの遠慮、あるいはごく微かな抵抗を示すシーンとして印象に残ります。他にも、「堅信式(堅信礼)」など日本人に馴染みのない習慣や単語の説明もついていて、わかりやすさでは一番でしょう。

「デミアン/ヘルマン・ヘッセ」
デミアン (新潮文庫)「車輪の下」に並び称されるヘッセ作品として、本書を手に取りました。が、「車輪の下」とのあまりの作風の違いに愕然としました。ヘッセはその長い作家人生の中で、第一次世界大戦の前と後(すなわち、近代と現代の境目)でかなり作風を変えています。本作は大戦を経た直後に書かれ、新しい世界でいかに生きればよいのかという、深い洞察の書となっています。自然描写は減り、自身の精神世界の内側へと踏み込んでいく描写は、やや読みづらくはありますが非常にスリリングでもあります。「車輪の下」と似たものを読みたい人には「郷愁」や「春の嵐」「青春は美わし」などのほうがいいかもしれませんが、また別の傑作を求める方には、読みごたえのある一冊となるでしょう。

最後に僕は、一度読んだ「車輪の下」をもう一度読んでみることを強くおすすめします。小説にしても映画にしても、一回目に読む(見る)時は、筋を追うのに精一杯になってしまい、充分に描写を楽しめないことがよくあります。ストーリーや人物関係を把握したのちにもう一度ゆっくりと読んでみると、一回目にはわからなかった細部がとてもクリアに見えてきます。この点、「車輪の下」は特にお勧めです。ハンスの釣りのシーンで彼がいかにそれを楽しんでいるか、まわりの大人たちがいかに酷いことを平気でしているかなどをさらに強く感じられますし、実はこの人が救いの手を差し伸べているのにハンスは気づかなかったんだなあとか、いろんな新しい発見があり、知的興奮を味わうことができます。

さて、今回もまた紙幅が尽きてしまいました。
謎の国際組織と黄金の秘宝を奪い合い、絶体絶命の地下牢獄から古式泳法で抜け出したドイツ旅行のお話は、次回にこそゆっくりお話ししたいと思います。

この記事を書いた人

春名 孝
春名 孝本と動物と珈琲好きのペットシッター
読書会メンバーの中では年長組に入りますが、毎回とても楽しく過ごさせてもらっています。スロース読書会は、人付き合いもおしゃべりも得意ではない僕さえ包み込んでくれる、心地のよい居場所なのです。

ブログでは、読書会関連として、本の話題を中心にお届けする予定です。ただ、極端に遅読なため、最新本は扱えません。僕のお気に入りの本を、なんとか現代の話題とリンクさせ(ることを目標にし)つつ、映画やその他の話題にも触れていきたいと思っています。

ちなみにペットシッターとは、飼い主さんのご自宅で、ペットのお世話をする仕事です。1967年、兵庫県に生まれ、名古屋での25年を経て、岡崎にたどり着いた今。近隣市を駆け回り、いろんなペット達と触れあう、ふかふかな西瓜糖の日々。

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