土曜の夕方ともなると、岡崎市内の各所で渋滞が発生します。交通集中の場所はおよそ決まっていて、そこをいかにくぐり抜けるか、車で顧客宅を訪ね歩くペットシッターとしてはこうした能力も自然と身についてくるものです。とある土曜日も僕は裏道を駆使し、混んでいる時間帯にも関わらず迅速に仕事をこなして帰宅しました。達成感と爽快感で一杯です。
ところがここで、予想もつかない事態が発生します。玄関先で靴を脱ごうとした瞬間、僕は愕然としました。
「見たことのない靴を履いている!」
僕は身なりにさほど気を遣うたちではないので、仕事で履く靴は2種類ほどしかありません。なのに、買った覚えもない金ぴかのスニーカーを、なぜか自分が履いていたのです。僕は妻と二人暮らしで、妻の足のサイズは僕より小さく、妻の靴を僕が履くことは不可能です。
それではいったいどういうことなのでしょう。さっぱり訳がわかりません。
僕は玄関先で立ち尽くしてしまったのでした……。
さて、次の読書会の課題図書「空飛ぶ馬」は、こうした日常の謎を解くミステリです。普通、ミステリといえば殺人事件が起こり、それを探偵が捜査して犯人を当てるのがお決まりですが、本作ではいっさい殺人は起こりません。それでも面白いミステリは書けるのだと証明したのがこの小説です。
といっても、47歳のおっさんの靴をめぐる話ではなく、主人公は女子大生の”私”(名前は明かされません)。ふとしたことで知り合った落語家、円紫師匠とのふれあいのなかで、些細だけれど妙に気になる疑問が提示され、物語が生まれていきます。さらに本書はただの謎解きの枠を超え、主人公の生活や生き方、考え方を描くという青春小説、成長譚ともなっているのです。
ミステリ小説の中には、単にトリックをひけらかすのが目的で、そのためにおざなりな物語が設定されている作品が少なからず存在します。誰のどれとは申しません。いっぽう優れたミステリとは、仕掛けられた謎が解けたとき、人生の機微が透けて見えたり、人間の本性がそこに潜んでいたりする作品だと思います。
この「空飛ぶ馬」の他にも思いつく作品はいくつかあるのですが、今回はあえて漫画をご紹介します。藤子・F・不二雄氏のSF短篇「イヤなイヤなイヤな奴」という作品です。
6名の乗組員を乗せた宇宙船レビアタン号は、別の恒星で鉱物を採取し、地球に持ち帰る任務を負っていました。長い期間に渡る共同生活の中で、次第に船内に不穏なムードが漂いはじめます。いちばんの問題児はミズモリという整備士で、人のパズルを勝手に解いたり、人気者のペットを殺して食べたり、とにかく嫌な行動ばかり起こします。挙げ句、彼は原子力の制御弁を握って一人たてこもります。ところが、そこにはある秘密が隠されていました。この謎は最後に解けるのですが、これを読んで僕は、「ああ、人間って確かにそうだよなあ」と深く納得し、感嘆しました。
本作は、「藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1) 」や「箱舟はいっぱい (藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)」などに収録されています。ちなみに、藤子・F・不二雄氏のSF短篇は本当に優れたアイデアの宝庫なので、全部読むことをお勧めします。
さてそこで、冒頭でご紹介した、僕の日常の些細な謎についてですが、じつはこれは……。
いや、この謎解きは読書会で発表、ということにしたほうが人が集まるのかな。
この記事を書いた人
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読書会メンバーの中では年長組に入りますが、毎回とても楽しく過ごさせてもらっています。スロース読書会は、人付き合いもおしゃべりも得意ではない僕さえ包み込んでくれる、心地のよい居場所なのです。
ブログでは、読書会関連として、本の話題を中心にお届けする予定です。ただ、極端に遅読なため、最新本は扱えません。僕のお気に入りの本を、なんとか現代の話題とリンクさせ(ることを目標にし)つつ、映画やその他の話題にも触れていきたいと思っています。
ちなみにペットシッターとは、飼い主さんのご自宅で、ペットのお世話をする仕事です。1967年、兵庫県に生まれ、名古屋での25年を経て、岡崎にたどり着いた今。近隣市を駆け回り、いろんなペット達と触れあう、ふかふかな西瓜糖の日々。
・お仕事サイト「ペットシッター・ジェントリー」
・Facebook(お仕事用)
・個人サイト「Sea Lion Island」
・Facebook(個人用)
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2014年 8月 22日
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