いよいよ今週金曜日! 5月度喫茶スロース読書会「女のいない男たち」④

連続ハルキ小説 「もしもスロースに村上春樹の小説の主人公が来たら」最終話

 

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僕は堰を切ったように話し始めた。

こんな風に誰かに向かって話したのは、いったいどれくらい久しぶりだろう?

 

 

「子供の頃は幸せだった。現実の友達はいなかったけど、ビーチボーイズが親友だった。ビートルズもそばにいた。ある時期はデュランデュランやアバとだって仲良くできた」

 

そう、若い時の友人選びは往々にして間違いだらけだ。クルマ選びと同様に。

 

 

「とにかく好きな音楽を聴いていれば、それだけで幸せだったんだ」

 

ナイーブすぎる幻想かもしれない。しかし当時の僕にとって、それは紛れもない真実だった。

 

 

「でも、東京の大学に入った頃から、僕の人生は変わってしまった」

 

どんなふうに?とノロ子が尋ねる。

 

「うまく説明できないな。ただ、どういうわけか、羊や鼠や猫を探したり、時には一角獣の骨を叩いてみなきゃいけなくなった。とにかく普通じゃなかった」

 

そう、普通じゃなかったのだ。僕以外の全てが。

 

「結婚は一度した。しかし、妻だった人は出て行ってしまった。子供はいないし、特に引き留めるわけではなかったけど」

 

人には移動の自由が保障されている。引き留める権利なんて誰にあるというのだ。

 

 

 

「でも、女の子に好かれなかったわけじゃない。図書館の司書、芝刈りのバイト先の奥さん、ホテルのフロント…。おそらく人並みには、親密な関係を築くことができた」

 

少し余計なことを喋りすぎたかもしれない。

しかし彼女は顔色(というものがあればの話だが)を変えずに言った。

 

「楽しかった?」

 

「あるいはね。でも、彼女たちとの行為は、僕という存在を形而上的なコインパーキングに一時的に預けていただけなのかもしれない」

 

ずいぶん難しいことを言うのね、という表情でノロ子は尋ねた。

 

「コインパーキングなら、料金を払わなきゃいけないでしょう?」

 

「そう。もちろん安くはない。さっきも言ったように、その代償として僕は羊や猫を追いかけ、あるいは高速道路を歩いて降りて、やみくろにも追いかけられて…」

 

 

この時、僕の部屋のビーチボーイズは、アルバム最後の”Caroline No”を歌い終え、お馴染みのけたたましい踏切の効果音が鳴り響いたところだった。

 

おかげで僕は少し冷静さを取り戻すことができた。

 

 

「とにかく、気がついたら、僕は自分をすっかりすり減らしてしまった。もうビーチボーイズもビートルズも僕の側にはいない。ただの惰性の付き合いだ」

 

僕はグラスに残ったスコッチを飲み干して言った。

 

「Nowhere man。僕はどこにもいない男になってしまったんだ。僕の人生はどこに行った?」

 

 

 

「要約すると、」

ノロ子は簡単すぎる数式を解くような、平坦な口調で言った。

 

「大学に入って、女の子と寝て、奥さんに逃げられて、今はなんだか疲れている。ということでいいのかしら?」

 

その通りかもしれない。

 

「それって、バカみたいに当たり前のことじゃない?」

 

「そうなのかな。分からないな。僕はあまり他人のことに興味を持たずに生きてきたから」

 

ノロ子は、ドーナツの穴の奥でも見るかのような目つきで僕を見つめた。

 

「ねぇ。あなた、やっぱり読書会に行くべきよ。そして、もっと人生を知るべきだわ。あなたは、他のどこでもない、今、ここにいるのよ

 

Not nowhere but now here .

今、いるべき場所。

 

あの小さな港町の喫茶店で、僕はそんな場所を見つけることができるのだろうか。

 

 

“God only knows what I’d be without you.”

(そんなこと、神様じゃなきゃわからないさ)

 

 

僕の心の中で、ブライアン・ウィルソンの声が、ほんの一瞬だけ聴こえた気がした。

親しい友人との、久々の再会だった。

 

 

その刹那、ノロ子はもう姿を消していた。

 

 

窓の外からは、一晩中走り続ける貨物列車の、力強い現実の、音が聴こえた。

 

 

 

-終わり-

 

 

-5月度喫茶スロース読書会-

日時:5月23日(金) 20:30~22:00くらい

 

会費:1000円(1ドリンク付き)

 

課題図書:村上春樹著 『女のいない男たち』

 

 

-ドリーミー刑事のブログ-

ドリーミー刑事のスモーキー事件簿:http://dreamy-policeman.hatenablo

 

この記事を書いた人

ドリーミー刑事
ドリーミー刑事喫茶スロース読書会広報係Twitter:@slothcoffeebook
ドリーミー刑事(会社員)
スロース読書会の常連。
日々、古今東西の素敵でキャッチーな音楽を追い求める夢見みがちなおっさん。B型。犬が好き。

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喫茶スロース読書会はコーヒーやビールを飲みながらその月の課題図書について感想や意見をシェアする会です。雰囲気はかなりゆるめです。
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