9月度読書会のお知らせ.「車輪の下/ヘッセ」をかる~くご紹介します

寿司

ペットシッターの春名です。今回こそはドイツ旅行の話をと思ったのですが、次回の読書会の課題図書が、ドイツ文学の名作「車輪の下」に決まりました(というか、僕がリクエストしてそうなりました)ので、この作品の話から始めたいと思います。

車輪の下 (新潮文庫)

難関の神学校に優秀な成績で入学したハンス。寄宿学校での生活をつづけるうち、仲間との関係、教師や父親からの過度な期待から、次第に精神を病んでいくようになる――。

まだ読んでいない方のため、ストーリーはこれくらいにしておきます。本作は、少し設定が違うとはいえ、いわゆる“ギムナジウムもの”と捉えて構わないと思います。ギムナジウムとは、(国によって制度は微妙に異なりますが、)寄宿舎を備えた中高一貫校のことです。そうして学校生活も寝食も共にする少年少女の物語が、“ギムナジウムもの”と呼ばれています。小説でいえばエーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」、クラインバウムの「いまを生きる」、漫画では萩尾望都の「トーマの心臓」などが有名なところです。変則的ですが、「ハリー・ポッター」シリーズをここに分類することも可能でしょう。

多感な思春期の子供たちが密な付き合いを続けていくわけですから、通常の学園もの以上に様々なドラマが生まれます。誰もが通過する甘くて残酷な時期が濃密に凝縮された世界で、ときには死さえ引き起こす深刻な事態も訪れます。当然アブノーマルな匂いも漂ってくるわけで、「車輪の下」にも実は、ちょっとその筋の方々が喜ぶBL的な要素も入っていたりします。

かと思えばまっとうな恋心を抱くのも少年ハンスの当然たる権利で、知り合いの靴屋の姪エンマが綺麗になって帰ってきたりするからたまりません。このエンマが閻魔かと思うほど剛胆かつ積極的な娘で、自分からハンスを誘惑にかかり、なかなかにきわどいシーンも繰り広げられます。というわけでこの小説、女子にも男子にも目配りの行き届いた親切設計となっています。もちろん、よこしまな気持ちで読んでみようと思ってまったく構いません。

それから、ギムナジウムものによくある要素は、親との確執です。舞台となるのはたいてい英才教育を施す進学校ですので、子供に対する親の期待の大きさといったら並大抵ではありません。必要以上に厳しい態度で接してしまい、子供は心の中で反抗しながらも屈服せざるを得ず、抑圧は重圧に変わっていきます。

「車輪の下」は、ハンスの父親ヨーゼフがいかに俗人で取るに足らない人物かという描写で幕を開けます。つづいて、この父親に対してハンスがいかに優秀で人と違う才能を持った子供であるかが語られます。つまり、冒頭から父と子の対立関係が強調されているのです。この冒頭部分に対して、物語の終盤がどうなっていくのか。気になる方のために、こっそりここで教えてあげましょう。ただ、なにしろこの暑さですので、うまく語れるかどうかわかりませんが。

学校をやめたハンスに、父ヨーゼフは、落胆しながらもこう告げます。
「おまえは機械工になってみるかな、ハンス。それとも書記のほうがいいか」
突然の問いに困惑するハンスに、父親はさらにつづけて、
「いや、やっぱり寿司職人がいいか」
と言いながら、息子を台所に連れて行きます。
「俺がお前に、とっておきの寿司の作り方を教えてやろう」
ヨーゼフはハンスの耳元に語りかけ、赤ら顔の片目をつり上げました。
「俺はなハンス、普通の寿司とはまったく違う、画期的な寿司を発明したのだ」
ヨーゼフは得意げな顔つきで、いつのまにか用意していたネタと酢飯を目の前に引き寄せました。
「これを見たら全世界の寿司好きがひっくり返るぞ。そう、正にひっくり返っているわけだからな」
そう言ってヨーゼフは大仰な仕草でネタのうちからマグロを取り、その上にワサビを塗りました。それからやおら酢飯を握り、マグロの上に乗せました。ヨーゼフはまた次のネタを手にとり、同じように作った寿司を皿に並べていきます。ぽかんと見ていたハンスの顔が、やがて驚きと感嘆の表情で満たされていきます。
「おとうさん、すごいね! 普通の寿司は、シャリの上にネタが乗っているのに、これは――」
「そうだ。シャリの下にネタがある」
「シャリの下だね、おとうさん!」
シャリの下、だ。わからない人のため、もう一度くらい繰り返すのだハンス」
シャリの下だね!」
ハンスは、父親の作ったまったく新しい寿司を手にとってしげしげと眺め、感心しながら皿に戻しました。このとき、彼は無意識にシャリを下にして置いてしまったのです。そこでようやく二人は気づいたのでした。ヨーゼフは震える手で、これまで作った寿司を全てひっくり返しました。そこには、どこでも見られる普通の寿司が並んでいました。
「……やっぱり、寿司職人はやめておくか」
「……そうだね、おとうさん」
二人は無言で寿司を食べ始めるのでした。

やはり暑さのせいで多少、誤字脱字余字などあったかもしれません。
次回、読書会は9月4日(金)20:30より、喫茶スロースにて開催します。海外文学ということで敷居が高く感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、(若干違うとしても)上に書いたような読みやすい小説ですし、文量も200ページちょっとと手頃ですので、是非たくさんの方のご参加をお待ちしています。

それでは、色と欲にまみれたドイツ旅行の話は、次回には必ずご紹介したいと思います。

この記事を書いた人

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春名 孝本と動物と珈琲好きのペットシッター
読書会メンバーの中では年長組に入りますが、毎回とても楽しく過ごさせてもらっています。スロース読書会は、人付き合いもおしゃべりも得意ではない僕さえ包み込んでくれる、心地のよい居場所なのです。

ブログでは、読書会関連として、本の話題を中心にお届けする予定です。ただ、極端に遅読なため、最新本は扱えません。僕のお気に入りの本を、なんとか現代の話題とリンクさせ(ることを目標にし)つつ、映画やその他の話題にも触れていきたいと思っています。

ちなみにペットシッターとは、飼い主さんのご自宅で、ペットのお世話をする仕事です。1967年、兵庫県に生まれ、名古屋での25年を経て、岡崎にたどり着いた今。近隣市を駆け回り、いろんなペット達と触れあう、ふかふかな西瓜糖の日々。

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