すべては、ヤング@ハートのために

ヤング@ハート

ペットシッターの春名です。先日、「晩秋」という映画を見ました。1989年の作品です。名優ジャック・レモンがさすがの演技を見せてくれるものの、作品の出来としてはさほどでもないかなという印象でした。映画というのは基本的に娯楽が目的であるため、老人介護をあつかうには荷が重い気がします。このため、どうしてもファンタジーに落ち着くより道はなく、そうでなければあまりにシビアで見るに耐えないものになってしまいます。「晩秋」では、認知症の徴候があったおじいちゃん(ジャック・レモン)はどんどん元気になり、立派に生き抜いていきます。老人介護の哀しさの一つは、周囲がどれだけ頑張っても症状が悪くなるしかないところだと思いますが、映画ではその悲惨さは描かれません。

徘徊タクシー10月の読書会の課題図書だった「徘徊タクシー/坂口恭平」においても、同様の議論が交わされました。作品内では、「彼ら徘徊老人はボケているんじゃない、別の世界に生きているのだ」とする考え方が提示されます。これに対する「あまりに介護の現場を知らない」という感想は、思いの強弱はあれど、ほぼ全員が一致していたように思います。介護問題をファンタジーとして描き、それを読んで楽しむことはできるけれど、介護問題の役に立つかといえば全くそんなことはないわけです。とくに、実際に介護の現場に家族として、あるいは医療者として立ち会い、切実に触れている人ほど、この小説に対する反発は強いでしょう。「認知症の親を介護されている方に朗報!」という帯文を読んで買った人は、ふざけんな、と激怒しても仕方がありません。

ただ、読書会を終えてから少し考えたことがあります。小説にしろ映画にしろ、“物語”を読んだり観たりする最大の醍醐味は、別の世界を疑似体験できることです。人は現実世界を生き抜くなかで、様々な体験を通して学びを得、成長します。それでも、人一人が体験できることには限度がある。この限度を超え、現実には不可能な体験を可能にしてくれるのが“物語”です。そこでは、男が女に、老人が若者に、日本人がアメリカ人になり、それぞれの人生を生きることができる。その立場で考えたことや感じたことは、現実の人生をより深く意義深いものにしてくれることでしょう。

そして、たとえば現実世界においてある人と知り合い、その人の行動の100%は好きになれないけれど、いいと思うところは自分でも実践しようと思うことはあります。物語でも同じことが言えるわけで、ストーリーや主題の全てには納得できないが、一部でも自分の実人生に取り込めるならそれでいいのじゃないか。100書かれたことの全てを享受できるほうが稀なことで、100書かれているうちの、僕は10を取り込む、ということがあれば、その本を読んだ意味はあります。また、取り込む度合いは人によって様々で、僕は10を取り込んだけれど、あの人は80を取り込み、また別の人は5しか取り込まない、それもあり得ますし、いろんな取り込み方をする人達と語り合うのもまた、楽しいものです。というわけで、さりげなく読書会の宣伝などしておきました(笑)。

アウェイ・フロム・ハー 君を想う <デラックス版> [DVD]介護問題を描いた映画といえば他にも、「アウェイ・フロム・ハー君を想う」という2006年の作品が思い浮かびますが、こちらは、認知症を発症した老妻に夫がどう接していくかという内容です。やはり物語の方向性としては「晩秋」や「徘徊タクシー」に近く、僕はこの映画にそこまで高い評価は持っていませんでした。しかし、介護問題を扱う上でそもそも上述の“足かせ”がある以上、そこから自分が何をつかみ取れるのか、もう少し考えてみる必要があったかもしれません。その意味で、「徘徊タクシー」を読んで介護問題が解決するわけでは全くないけれど、なにか考え方のヒントの一つにはなった、程度の収穫があるのなら読んだ価値は充分にあると思います。

愛、アムール [DVD]いっぽう、ファンタジーじゃなく介護問題を扱った映画はあるでしょうか。僕の観た中だと、20006年の映画「愛、アムール」が浮かびます。ミヒャエル・ハネケというオーストリア人監督の作品で、僕は「隠された記憶」「ピアニスト」くらいしか観たことがありませんが、相当に辛辣な変わった映画を撮ることで有名です。「愛、アムール」も「アウェイ・フロム・ハー~」と同様、認知症を患った妻を夫が介護する話ですが、方向性はまるで違っています。もし、介護の現状を観たいと思うのなら本作をお勧めはしますが、シビアな内容を覚悟しておいたほうがいいとは思います。

ヤング@ハート [DVD]さて、最後に、介護ではないのですが、高齢者を描いた映画として、文句なしにハッピーになれる作品をご紹介しましょう。「ヤング@ハート」というアメリカ映画で、高齢者だけで構成されたコーラス隊を描いたドキュメンタリーです。平均年齢はなんと80歳! 90歳を超えるメンバーもいます。高齢者の合唱曲というと、日本なら「ふるさと」や「赤とんぼ」、そして「は~るの~うら~ら~の~」などが定番ですが、この「ヤング@ハート」は違います。歌う曲は、若者の歌うロックやポップス、たとえば「ステイン・アライブ/ビー・ジーズ」「アイ・フィール・グッド/ジェームス・ブラウン」「イエス・ウィ・キャン・キャン/アラン・トゥーサン」など、普通は高齢者が歌わない曲ばかりです。

1980年代から活動をつづけ、いまや世界各地でコンサートが開かれています。指揮するのはボブ・シルマンという男性で、自分より年上の人達に容赦なく厳しい言葉をぶつけ、彼らを指導します。彼らは文句を言ったり反発したりしますが、それでも最初はまったく歌えなかった曲が、少しずつ歌えるようになっていくのです。「年をとっても新しいことに挑戦する。そうでなければ死んだのと同じだ」と彼らは言います。たとえ高齢者であっても、努力すればしたなりに成長はできるし、その過程は生きる歓びそのものなのです。

しかし、同時に彼らは厳しい現実にも直面します。歌の練習を続けていくなかで、仲間が次々と亡くなっていくのです。高齢者にとって死は身近なものであり、その死を悼むと同時に、次は自分かもという怖れが同時に湧いてきます。生と死は常に寄り添いあい、楽しみと悲しみもまた表裏一体のものです。

映画のラスト、フレッドさんという男性が一人で舞台に立ちます。本来なら別の男性と一緒に歌うはずだったのですが、その方がコンサート前になくなり、ソロで歌うことになりました。曲は、コールドプレイの「フィックス・ユー」。僕が君を治してあげるよ、と語りかけるこの曲は、もともとは男女の恋愛を歌ったものですが、人生の終末期を迎え、仲間の死を乗り越えて歌われるその曲は、人生を優しく肯定する賛美歌のように響きます。

僕はこの映画を観たとき、観る前とは違った自分がいることを発見しました。つまり、とても素晴らしい“体験”だったわけです。その後も、この映画を観るたび、心から笑い、ぼろぼろに泣きます。どんな人にもお勧めできる、数少ない作品のひとつです。

・「ヤング@ハート」公式トレーラー

この記事を書いた人

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春名 孝本と動物と珈琲好きのペットシッター
読書会メンバーの中では年長組に入りますが、毎回とても楽しく過ごさせてもらっています。スロース読書会は、人付き合いもおしゃべりも得意ではない僕さえ包み込んでくれる、心地のよい居場所なのです。

ブログでは、読書会関連として、本の話題を中心にお届けする予定です。ただ、極端に遅読なため、最新本は扱えません。僕のお気に入りの本を、なんとか現代の話題とリンクさせ(ることを目標にし)つつ、映画やその他の話題にも触れていきたいと思っています。

ちなみにペットシッターとは、飼い主さんのご自宅で、ペットのお世話をする仕事です。1967年、兵庫県に生まれ、名古屋での25年を経て、岡崎にたどり着いた今。近隣市を駆け回り、いろんなペット達と触れあう、ふかふかな西瓜糖の日々。

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個人サイト「Sea Lion Island」
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