ペットシッターの春名です。4月1日に、4月度の読書会が開かれました。参加者は4名と少なめでしたが、そのぶん濃い話ができて、楽しい会となりました。初参加の方もいらっしゃったのですが、臆することなく会話にくわわっていただきました。男性2名(僕を含め)&女性2名という半々の構成となり、ちょうど小説が男性視点で描かれたものだったため、女性の意見が聞けたこともよかったと思います。
前回ご紹介した通り、車の中だけで進む小説であり、普通の人の普通のできごとしか書かれていない小説です。なのにこれだけ読ませて、めっぽう面白い、そこがすごいという話になりました。難しい表現も言い回しもなく、それでいてみっしりと人の心の細かいところまで緻密に描写されています。ラフに書かれているようで、じつはかなり計算されて書かれてもいるのだと思います。
車の中というのは、考えてみればけっこう特殊な状況です。狭い空間で密着していて、なのにどの二人も向き合っていない。皆が同じ方向を向いて同じ目的地をめざすなかで、短い時間のうちにも連帯感が生まれるのでしょう。だからこそ車の中ではいろんな大事な話をし、小さなドラマが生まれる。参加者からも、ご自身の家族や恋人との思い出が語られました。そうして常に移動し続けるなかで、喜びや悲しみが順不同で生まれる。車の中とはつまり、人生そのものだとも言えます。
主人公の漫画ライター・戸倉と友人の須崎、須崎の恋人である琴美。彼らの三角関係が本作の一つの主軸ではありますが、他にもたくさんの人物が登場し、それぞれが非常に魅力的です。戸倉の友人・永嶺は、予期せず子供ができてしまい、相手の待つ温泉宿へ向かうドライブが一つの章となります。永嶺の教え子である大学生の翔太は、軽薄な現代っ子に見えて実は思いやりがあり、世渡りにも長けています。漫画家志望のノリオは徹夜で書き上げた漫画が評価されず、彼を慰めに行くドライブがまた一つの章として描かれます。運転する唯一の女性として登場する水谷は、きっぷのいい強い女性ですが、離婚問題で涙を見せるような一面もあります。ボードゲーム仲間で物腰丁寧な神山は、ドライブ途中で彼女からの別れのメールを受け取り、走る車から飛び降りようとして騒動を起こします。こうして見てみると、何も起こっていないようで、実は結構ドラマチックな出来事も起こっている、不思議な小説でもあります。
――永嶺の子供はどうなったんでしょう?
――水谷さんって結構いいですよね。
――琴美もいい女ですよね。
などなど、登場人物に対し参加者の方々もいろんな思い入れがあるようで、それを聞くのも楽しいものでした。戸倉と須崎、琴美の三角関係に、『いちご同盟/三田誠広』との類似点を指摘する方もいらっしゃいました。
男性主人公の一人称なので、どうしても男性目線の描写が多くなります。サービスエリアで出会った美人を追いかけ、しかもヘルメットの後ろから長い髪が出ているだけで美女と決めつけるような、どうしようもない、けれど男性には大きくうなずける場面が再三でてきます。他にも、旅先でハードオフに行ってみたくなる衝動や、くだらない下ネタの数々。それでも参加者の女性陣からは、とくに拒否反応はなかったので安心しました。ただ、男性の言動は学生時代から変わらないなあ、という感想はあるようです。
くりかえされる漫画や音楽、映画に関する小ネタは、四十代男性である著者自身の知識によるものです。このあたりが、今回参加されなかった二十代の若い方や、あるいはもっと高齢の方にはどう映るのだろうという疑問は出ました。それでも、そうした小ネタ混じりのぐだぐだした展開が続くかと思いきや、ときおりはっとする文章がはさまれてくるので、油断できません。そしてラストには、なんともほろっとさせられます。まさかキン肉マンの歌で泣かされるとは誰も予想しなかったでしょう。
キン肉マンと共に、小ネタとして挿入される「お嫁さんになってあげないゾ/守谷香」という曲があります。これは琴美が須崎に渡すCDに入っていて、琴美から須崎に対するメッセージになっています。ここには、病気のせいであなたとは結婚できない、という意味、それから、私は戸倉に対しても気持ちが傾いているのよ、という暗示も含まれているのかもしれない、という深い読みも語られました。
小説の中で戸倉は、自分の気持ちを言葉にすることを非常に恐れています。思いを言葉にした途端に何か別のものに変わってしまうという危惧だったり、単純に関係性が壊れることへの恐れだったり。たとえばまだ若い神山という男は、車の中で失恋し、傷つき、派手に暴れます。その姿を見て戸倉は、「若い人はちゃんと失恋できるからいいなあ」と感心します。年齢を重ねれば経験も積み、傷つかないような行動を取ることはできるけれど、果たしてそれが人として“上”なのかはわかりません。大人になってみるとよくわかりますよね。大人と呼ばれる人たちだってたいして大人じゃないことが。
それでは最後に、僕がこの小説の中で感心した、というか爆笑した箇所を引用しておきます。戸倉が若い翔太と女性についての会話をするシーンです。戸倉さんはどんな女性が好きなんですか、という問いにつづけて、こう話します。
「じゃあ、巨乳と貧乳はどっちが好きですか」
(中略)
「あのな、翔太くんよ」
(中略)
「女の胸はな、大きいか小さいかじゃない。(中略)」
「じゃあ、なんなんですか」
「『みせてくれるかどうか』だ!」
というわけで、こんなくだらない、しかしリアルなやりとりの中に、人生の大事なことを秘かにしのばせている、達人級の技を見せつけられる小説です。長嶋有という作家は本当にすごいと思います。本作を気に入られた方は、ぜひこの前に出された「問いのない答え」という作品も読んでみてください。こちらもまた普通の人々による群像劇です。本作よりもやや込み入った作りになってはいますが、基本的には非常に読みやすく、それでいてずしんと重く響く小説です。僕のサイトにも紹介記事を載せておきましたので、そちらも参照してみてください。
この記事を書いた人
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読書会メンバーの中では年長組に入りますが、毎回とても楽しく過ごさせてもらっています。スロース読書会は、人付き合いもおしゃべりも得意ではない僕さえ包み込んでくれる、心地のよい居場所なのです。
ブログでは、読書会関連として、本の話題を中心にお届けする予定です。ただ、極端に遅読なため、最新本は扱えません。僕のお気に入りの本を、なんとか現代の話題とリンクさせ(ることを目標にし)つつ、映画やその他の話題にも触れていきたいと思っています。
ちなみにペットシッターとは、飼い主さんのご自宅で、ペットのお世話をする仕事です。1967年、兵庫県に生まれ、名古屋での25年を経て、岡崎にたどり着いた今。近隣市を駆け回り、いろんなペット達と触れあう、ふかふかな西瓜糖の日々。
・お仕事サイト「ペットシッター・ジェントリー」
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